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(新宿区)旧淀橋地区の富士塚・水準点など(その2/2)


2019年7月2日(火)曇。湿度が高く、蒸し暑い

その1/2では、成子天神社の富士塚・力石・一等水準点を訪ねた(2019年9月8日登載)。



成子天神社参道を出て青梅街道を右(西)へ行く。200mほど行った右側に見える「LIXIL」自立看板のすぐ先、T字路交差点の右手前角に旧道路元標がある。
190702 新宿区淀橋地区003 修正スミ
西新宿8-17にある旧淀橋町道路元標は、歩道と車道の境にあった。 画像中央、駐輪している自転車の後輪あたりにある。
190702 新宿区淀橋地区003-1 190702 新宿区淀橋地区003-2
(左)南面に「☐路元標」。 上半部が欠落しているので、刻字は一部しか読めない。
(右)北面に「☐府」。
埼玉県内などでいくつか見てきた旧道路元標より表面仕上げ、刻字が丁寧です。

青梅街道をさらに西へ100mほど行くと、成子坂下交差点となる。左折して、十二社通りを南下する。500mほど先の信号がある交差点で右折し細い道路を西に向かう。道なりに150m行くとY字路の角に扁額「庚申堂」を掲げたお堂がある。
淀橋庚申塚。
190702 新宿区淀橋地区004 淀橋の庚申堂 190702 新宿区淀橋地区004-1
紫色の奉納幕がさがり、両側には「奉納 庚申堂」の提灯もある。 堂内は中央に大きな庚申塔があり、左右にも石造物が並ぶ。二対の生花が供えてあった。 「庚申待の由来」案内板があるが、それには淀橋庚申塚と記されている。 
190702 新宿区淀橋地区004-1-1 190702 新宿区淀橋地区004-2
(左)中央と右側の石造物。 
(右)駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・邪鬼・三猿。刻字は右側面に「淀橋庚申講世話人一同/昭和二十九年(1954)九月建之」とあり、戦後の建立です。
190702 新宿区淀橋地区004-2-1 190702 新宿区淀橋地区004-2-2
(左)青面金剛の上半身。 私には、全体に薄っすらと朱色が見えるがどうでしょうか。
(右)邪鬼と三猿。 二鶏の場所には蓮の葉がある。
190702 新宿区淀橋地区004-03 190702 新宿区淀橋地区004-3 190702 新宿区淀橋地区004-3-1
(左)右隣に猿像がある。 全体に破損して、台座上あたりで折損補修したようだ。
(中・右)その右には、動物の石像がある。犬のちんちんのような姿をしている。背中に突起のようなものがあるようだが、正体は判らない。
190702 新宿区淀橋地区004-4 190702 新宿区淀橋地区004-5
(左)庚申塔左側には、本来の姿をとどめていない石塊が数個あった。
(右)堂の右側には地蔵菩薩立像が三体ある。「童子」、「童女」と刻まれているので、供養塔でしょうか。

南東に向かい100mほど行くと北通りにでる。13時少し前の時刻なので昼食をとるべく、うろうろする。 台湾料理店の前に出ていたランチメニューから、シュウマイ定食900円とすることに決した。
店内はほぼ満席だった。 店員さんがくるまでメニューをよく見ると冷やし中華(涼麺)があることに気づいて心変わり。
190702 新宿区淀橋地区005 190702 新宿区淀橋地区005-1
純台湾料理 山珍居。 今年の初物、冷やし中華850円(込)。 純台湾風らしさがわからなかったが、ともあれ旨かった。
室内を見ると小壁に色紙がならんでいた。目が慣れると荒木経惟の自画像(両鬢の立ち上がった先に赤いハート花)に「アラーキー」とサインがあった。また、赤塚不二夫の逆立ちする天才バガボンパパ画もあった。

最後に新宿副都心にある住友ビル地下広場で展示保存してある旧淀橋浄水場蝶型弁を見てから、待ち合わせ場所へ行く予定だが、時間が余ったので斜め前のマクドナルドでコーヒーを飲んで時間調整した。
北通りを東へ行く。
190702 新宿区淀橋地区006
警視庁新宿警察署 熊野神社前交番。 東京の交番は、数寄屋橋交番以来親しみやすさを前面に出した個性的デザインが多い。 背後の熊野神社を含む2街区が、新宿中央公園です。

中央公園の北東で右折する。最初の交差点を左折した右側に都庁第一本庁舎、次の東側街区に議事棟がある。その北側向かいが住友三角ビルである。
190702 新宿区淀橋地区007 190702 新宿区淀橋地区007-1
新宿住友ビルに近づくと地階の広場だった所にタワークレーンが建ち、大屋根を架ける工事中だった。 仮入口から建物に入り受付で聞いたところ、来年まで立ち入りできないとのこと。 残念、ということでここで終わりです。

歩数計11,921歩。 所要時間は、新宿駅西口から住友ビル仮入口まで約3時間(うち、昼食とコーヒーに約50分)。

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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(新宿区)旧淀橋地区の富士塚・水準点など(その1/2)


2019年7月2日(火)曇。湿度が高く、蒸し暑い

新宿副都心にて所用があったので、その前に近くの成子天神社の富士塚力石・一等水準点、西新宿8の旧淀橋町道路元標、西新宿5の淀橋庚申塚などを訪れた。



新宿駅西口。
190702 新宿区淀橋地区001 新宿駅西口
青梅街道に出て西へ向かう。 右側に「成子天神社」社号標石がある。
190702 新宿区淀橋地区002 成子天神社
ビルの谷間の成子天神社参道。  先方に朱色の隋神門が見える。
190702 新宿区淀橋地区002-1 旧一等水準点 190702 新宿区淀橋地区002-1-1
(左)参道のすぐ右側に一等水準点がある。
(右)「水準」のみが読める。 隠れた文字は「點」です。
190702 新宿区淀橋地区002-1-2 右回転マエ_kujira 190702 新宿区淀橋地区002-1-3
(左)後ろ側にローマ数字の「Ⅱ」。
(右)今朝がたの降雨で頂部のお皿に雨水がたまっていた。
ここには、2012年9月7日に訪れている。この時は工事中だったので参道は1m幅ほどが歩行でき、参拝も仮社殿だった。この一等水準点は撮影できたが、富士塚などには近づけなかった。
190702 新宿区淀橋地区002-1-4参考 190702 新宿区淀橋地区002-1-5 参考
(参考)当時の画像。 
現状画像と比べるとローマ数字「Ⅱ」の下半は隠れていることから、全体高さの半分近くが埋まってしまったようだ。水準点標石はそのままの位置だが、参道整備に際し敷石レベルを高くしたせいでしょうか。 黄色ペンキは当時からあった。
   その時のブログを見るには、下記をクリックされたい
   明治神宮・正春寺彫刻・成子天水準点・太宗寺庚申塔
新宿区HPによると、「明治24年(1891)に日本水準原点が設置された時、同時にその変動監視のために設置された5ヶ所ある一等水準点の2番目で、・・・」などとある。
なお、東京都建設局HPの「水準基標成果」にて、水準基標測量成果表pdfが公表されているが、成子天神社境内については基準日・平成26年1月1日を最後に記載がない。
190702 新宿区淀橋地区002-1-a東京都水準基標量成果表(Ⅱ、成子天)
      東京都建設局「水準基標測量成果表(基準日・平成26年1月1日)」から。
最上行の(Ⅱ)が成子天神社。 数値の左列はT.P点高さ、中列はA.P点高さ。 詳細は同局HPを見て下さい。
参道を進むと新しい隋神門。
190702 新宿区淀橋地区002-2 左回転マエ_kujira
左右には風神・雷神像が納まる。
190702 新宿区淀橋地区002-2-1 190702 新宿区淀橋地区002-2-1-1
狛犬が一対。
190702 新宿区淀橋地区002-2-2 左回転マエ_kujira 190702 新宿区淀橋地区002-2-3
社殿(拝殿・幣殿・本殿)。 参拝。
本殿左側には新しいタワーマンションもある。 社殿の奥左(北西)にある富士塚へ進む。
190702 新宿区淀橋地区002-3 190702 新宿区淀橋地区002-3-1
(左)成子天神社の富士塚
新宿区説明板があり「大正九年(1920)八月に、成子天神社境内にあった天神山という小山に富士山の溶岩を配して築かれたもので、区内で最後に築かれた富士塚です。高さは約12mあり、・・・。丸藤成子講(まるとうなるここう)が奉祀していた・・・。」とある。
(右)塚の北東には浅間神社の木祠と木花咲耶姫命立像があった。
190702 新宿区淀橋地区002-3-3 190702 新宿区淀橋地区002-3-2
(左)登拝道は塚の東側にある。 豆砂利コンクリートの石段には、脇にしっかりと埋め込まれたドブづけアングル束とクサリ手すりが添えてあり、安心して登れた。合目石は見当たらなかった。
(右)ネジバナ。 七合目あたりから道は狭く急になり、小さい子ども、高齢者などは危険なので登頂禁止である旨の表示があった。 私は高齢者だが自己責任で登った。
190702 新宿区淀橋地区002-3-4 190702 新宿区淀橋地区002-3-4-1 右回転マエ_kujira
頂部は平たんになっていて、石祠があった。 この石祠と右下に見える浅間神社の木祠は、社殿と同様に少し西に振れた南向きだった。
190702 新宿区淀橋地区002-3-5 190702 新宿区淀橋地区002-3-5-1 講印
登りと反対の西側にある道から降りた。 登拝道にはいくつかの石碑と石祠があった。
以前訪れた時は、神社建て替えとマンション新築工事中だったので、富士塚が撤去されてしまうのではないかと心配していたが、杞憂だったようだ。
拝殿の石段左側に力石がある。
190702 新宿区淀橋地区002-4 力石 190702 新宿区淀橋地区002-4-1 上左1
(左)二段に全7個が並んでいた。
(右)上段左端の力石。 切付が中央に「五拾八貫余」、右側「亀治郎/寅松」、左側「市蔵/喜太郎」。
190702 新宿区淀橋地区002-4-2 上左2 190702 新宿区淀橋地区002-4-3 上左3 190702 新宿区淀橋地区002-4-4 上左4
(左)上段左2。中央上に大きく「力」、下「虎松/喜太郎」。左側「岩☐中/☐大☐☐」。
(中)上段左3。中央「四拾貫目」、下「虎☐/☐太郎」。
(右)上段左4。中央「四拾五貫目」、下「☐松/☐太郎/亀治☐/・・・」。
下段の3個の力石
190702 新宿区淀橋地区002-4-5 下左1 190702 新宿区淀橋地区002-4-6 下左2 190702 新宿区淀橋地区002-4-7 下左3
(左)下段左端。「五拾貫目」文字に青色が入っている。
(中)下段左2。「(右横書き)奉納 五拾六貫余」、右側よめない、左側「喜太郎」。
(右)下段左3。中央は「虎☐石」と銘のようだ。
区説明板があり、「七個すべてに銘文が刻まれていますが、このうち二個は判読できなせん。・・・四十貫(約150kg)から五十八貫余(約218kg)に及ぶ重量や、虎松・喜太郎・亀治郎・市蔵という人名が刻まれています。・・・江戸時代末から明治時代頃のものと推定され・・・」などとある。 なお上段左端に刻まれた人名は、寅松と読めるが虎松と同一人だろうか。
神輿庫があり。三基の神輿が納まっていた。
190702 新宿区淀橋地区002-5 神輿庫
前面がガラス張りになっているので神輿を直接見ることが出来る。

つぎは参道を出てすぐ右(西)にある、旧道路元標を訪ねる。

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(府中市)府中本町駅の西側周辺(その4/4)


2019年6月26日(水) 都心最高気温28.9℃、とにかく暑かった

その1/4は、府中本町駅から三千人塚の板碑、芝間稲荷神社の庚申塔と卵状丸石、南町3共同墓地の庚申塔群を訪ね、散策した(2019年7月27日登載)。
その2/4は、西向庚申塔、正光寺の庚申塔、西府町2熊野神社奥の上円下方墳などを訪ね、散策した(2019年8月4日登載)。
その3/4は、西府町3路傍の庚申塔、本宿共同墓地の庚申塔、美好町3浅間神社の庚申塔などを訪ね、散策した(2019年8月18日登載)。



美好町3にある浅間神社の庚申塔を訪れたあと、陣街道をさらに200m南下すると、右側に八雲神社がある。その手前角に板碑が建っている。
190626 府中本町駅西側019
元応の板碑。 市説明板には「この板碑は市内では最大級であり、加えて古道の傍らにあって造立当時の面影を残している・・・。元応元(1319)年十一月八日に、・・・亡き父道仏の十七年忌追善供養のため建てた・・・。現在は複製を設置しています。」とあった。 これはレプリカでした。背後の枯れ木もレプリカだが、昭和10年前後の写真も隣にある。それをみると、当時の板碑は大木の幹に抱え込まれていたことがわかる。
190626 府中本町駅西側019-1 190626 府中本町駅西側019-2
山形と二条線は比較的よく残っている。 蓮座上の種子は阿弥陀三尊と思われます。

元応板碑横の細い道路南向いが、分梅町1にある八雲神社である。
190626 府中本町駅西側020 八幡神社 
八雲神社の境内。 木々が茂っているが地上近くは、草や灌木がなくてすっきりしている。
一対の狛犬。 
190626 府中本町駅西側020-1a左狛犬 190626 府中本町駅西側020-1b右狛犬
撮影をし忘れたのでトリミングして作った。 下の(左)画像の左側狛犬をよく見ると、頭頂部に影があった。PCで拡大すると角であり、本来のあるべき姿をした狛犬だった。 いわゆる一対の狛犬は、有角の狛犬と無角の獅子であるべきだが、双方共に角がない獅子であることが多い。 
190626 府中本町駅西側020-1 190626 府中本町駅西側020-1-1
(左)拝殿。社殿は東面している。 参拝。
(右)向拝の彫刻、獅子。 ボタンの花を口にしているのでしょうか?
190626 府中本町駅西側020-1-2 190626 府中本町駅西側020-2 本殿
(左)社殿。左奥に見える覆屋に本殿が納まる。
(右)本殿。 氏子中による「天王宮 八雲神社の歴史」説明板には、「(本殿の)造りの概略は、腰に組物が付き屋根は、千鳥破風と唐破風の付いた一間社流れ造りで壁面全てに彫り物が刻まれた総欅造りです。神社の配置は、本殿を覆屋で囲い前面に、拝殿を置き、間に瑞垣で仕切られた弊の間を配置した形式と・・・」などとある。
幸い覆屋の縦板格子窓から本殿を見ることができた。 屋内が暗い上に狭い板格子の間から撮影したので、モニターもよく確認できなかった。ISO6400に設定して目見当で撮影した画像のなかから良いものを選んだ。
190626 府中本町駅西側020-2-1 正面 190626 府中本町駅西側020-2-2 右面
(左)正面を左側から撮影。
(右)身舎右側面jの彫刻
190626 府中本町駅西側020-2-3 右脇障子 190626 府中本町駅西側020-2-4
(左)右側脇障子の彫刻
(右)背面の彫刻。 窓までカメラを近づけられないので板格子越しに撮影。
190626 府中本町駅西側020-2-5 左面 190626 府中本町駅西側020-2-6 左脇障子
(左)身舎左側面の彫刻
(右)左側脇障子の彫刻。 この人物たちは、よく見る七福神でしょうか?
また、先ほどの説明板には、「神社境内の奥には、高倉古墳群の一つ天王塚古墳が未調査のまま・・・」ともあったが、この文言に気づいたのは、帰宅してPCで読んだ時だった。 説明板をとりあえず撮影して後で読むと、こういうことがある。

ひきつづき陣街道を南へ行くと南武線の踏切となる。
190626 府中本町駅西側021 神社前踏切
神社前踏切。 JRは踏切の名称が明記してあります。
190626 府中本町駅西側021-2 東方向 190626 府中本町駅西側021-1 西方向 
(左)東方向。             (右)西方向。

横断してから50mほどで左折し道路なりに東方向へ進む。右側に芝草で覆われた小山がある。
190626 府中本町駅西側022 高倉塚古墳 190626 府中本町駅西側022-1
高倉塚古墳です。 右画像は頂部から南方向を撮影。
市説明板があり、「府中崖線(ハケ)の斜面上に広がるこの周辺には、これまで確認されている古墳が25基あり、これらは高倉古墳群と呼ばれて・・・。墳丘が残っているものは4基あり、・・・」などとある。これらを示す地図もあり、直前に見落とした八雲神社の古墳やその2/4で登載した熊野神社の上円下方墳も図示してあった。

陣街道に戻り、50m南下して府中崖線を下る途中の左側に光明院がある。
190626 府中本町駅西側023 光明院 190626 府中本町駅西側023-1
(左)光明院。 山門前の右側に六地蔵がならび、左側に庚申塔がある。
(右)笠付型の庚申塔。 日月・六手青面金剛・三猿。刻字は右側面「元禄十丁丑年(1697)七月廿日 當寺八代目/法印☐譽」、☐は、「海」かもしれない。左側面「庚申帝釈天 武刕江戸/天野清左衛☐☐」。
帝釈天と庚申信仰の関係は、「帝釈天の石仏造立の目的は、多くは庚申信仰の主尊としてである。・・・青面金剛を帝釈天と考えていたふしが各地の例から知られる。」(『日本石仏事典 第二版』庚申懇話会編、p.64「帝釈天」項)。
190626 府中本町駅西側023-2 190626 府中本町駅西側023-3
(左)青面金剛の上半身。 両側面を含め所どころに青色の彩色が残っている。青面ということで青色だったのだろうか?
(右)三猿。
本堂は、門前で感じた古寺の風情とは異なり、モダンな建築物だった。

府中崖線を下りきると分梅駐在所交差点である。御猟場道という道路だそうだが左折し東へと進む。京王線のガードをくぐり1kmほど行くと五叉路の三小前交差点となる。その右手前角の歩道上に庚申塔がある。
190626 府中本町駅西側024 本町3路傍の庚申塔 190626 府中本町駅西側024-1
(左)画像の右側。ちょうど広がった歩道中央に島状の植栽があり、その手前側に庚申塔が見える。 
(右)自然石の庚申塔。 刻字は正面「庚申塔」、裏面「文政五壬午年(1822)十一月吉日」。

三小前交差点のすぐ先、歩行者信号位置に南北へ通る遊歩道がある。
190626 府中本町駅西側025-2 北方向 190626 府中本町駅西側025-1 南方向
(左)遊歩道北方向。  (右)遊歩道南方向。
かつて多摩川から採取した砂利や砂を運搬した専用貨物線の廃線跡だと思う。昭和40年代ころまで、コンクリートの骨材には川砂利・川砂を用いていた。この遊歩道の北の先には、道に埋め込んだ鉄路が短い距離だが保存されていた記憶がある。

さらに東へ行くと南武線・武蔵野線に行きつく。横断橋があるので、手前のらせんスロープを上って渡ることができる。橋の左(北)側は段丘上であり、武蔵野線はここからトンネルに入る。東側に出てから左へ行く。細い道路に出るので左折すると直ぐ右側が善明寺である。
190626 府中本町駅西側026 善明寺
善明寺の山門、正面が本堂。 参拝。
参道の直ぐ右側、幟旗「豊玉荼枳尼尊天」が立つ赤い小祠がある。 こちらは妙厳寺豊川稲荷を本山とする仏教系稲荷の本尊、吒枳尼真天と同じ仏でしょうか?
赤い小祠の先に石造物が2基ある。
190626 府中本町駅西側026-1 190626 府中本町駅西側026-2
(左)2基のうち、右側が庚申塔。
(右)笠付型の庚申塔。 日月・六手青面金剛・三猿。刻字は左側「九月吉祥日」、右側にもありそうだが読めない。 全体に風化している
190626 府中本町駅西側026-2-1 190626 府中本町駅西側026-2-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)三猿。 三猿の下に二鶏がいるようにも見えるが、どうだろうか?
左側の石造物。
190626 府中本町駅西側026-3
名号塔でしょうか。 右側面「維時慶應二年龍次丙寅(1866)春三月」、台石に「郷中安全」。

先ほどの横断橋まで戻り、直進して線路東側の階段を下りる。 左側にある建物は、イトーヨーカドーだったが今は替わったようだ。
正面の階段を上ると府中本町駅の駅前広場にでる。
190626 府中本町駅西側027
JR府中本町駅改札。 駅構内のBECK’Sでコーヒーを飲んだ、250円(込)。

歩数計は、18,469歩。 所要時間は、約5時間30分(府中本町駅発・着)だった。

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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(府中市)府中本町駅の西側周辺(その3/4)


2019年6月26日(水) 都心最高気温28.9℃、とにかく暑かった

その1/4は、府中本町駅から三千人塚の板碑、芝間稲荷神社の庚申塔と卵状丸石、南町3共同墓地の庚申塔群を訪ね、散策した(2019年7月27日登載)。
その2/4は、西向庚申塔、正光寺の庚申塔、西府町2熊野神社奥の上円下方墳などを訪ね、散策した(2019年8月4日登載)。



西府町2にある熊野神社の境内を北東から出て、北側の古墳を外周に沿い左回りに進むと西府町二丁目第二交差点に出る。右折して北20m先、Y字路の間に覆屋がある。
190626 府中本町駅西側015 西府町3路傍の庚申塔 190626 府中本町駅西側015-1
覆屋内には3基の石造物が納まる。
左側の庚申塔
190626 府中本町駅西側015-2 190626 府中本町駅西側015-2-1
(左)柱状型庚申塔。 六手青面金剛。左側面に刻字があるものの板壁の間からうまく撮影できない。大文字「左」が読めるので、道標を兼ねているのかも知れない。下部で折損補修してあり、全体が激しく風化している。
(右)青面金剛の上半身。 面ぼうなど全く分からない。
中央には、少し下って大きな庚申塔がある。
190626 府中本町駅西側015-3
自然石に「猿田彦太神」と刻まれている。右上に「延享二年乙(1745)/明治廿三」、左上は「発起」だと思うが自信がない。 明治の再建塔でしょうか?刻字の猿田彦のみをもって庚申塔とするのは、少し躊躇するところだがここでは一応、庚申塔としておいた。
右側の庚申塔。
190626 府中本町駅西側015-4 右
駒型の文字庚申塔。「庚」字のみが読める。 これも激しく風化している。下半部が痩せているのも風雨のせいでしょうね。

先ほどの道に戻り、古墳の北側をとおり東方向へと進む。新府中街道との信号付き交差点で左折、100m先の左側に本宿共同墓地がある。
190626 府中本町駅西側016 本宿共同墓地
本宿共同墓地。 門の左側にある車両進入止めポールの間から墓地内に入る。
190626 府中本町駅西側016-1 190626 府中本町駅西側016-1-1
すぐ目の前に大イチョウが二本あり、その間に2基の石造物がある。
左側の庚申塔。
190626 府中本町駅西側016-2 左
笠付型の庚申塔。 青面金剛・三猿。刻字は見当たらない。表面がかなり摩耗している。
190626 府中本町駅西側016-2-1 190626 府中本町駅西側016-2-2
(左)青面金剛の上半身。  (右)三猿。
右側は石燈籠です。
190626 府中本町駅西側016-3 右
刻字は正面に「本宿村中」、右側面「寛政五癸丑(1793)七月日」。

少し戻り先ほどの信号を左折して本宿北裏通りを東へ向かう。甲州街道を横断してから200mほど先にある信号で右折する。陣街道となり、300mほど南下すると浅間神社前交差点になる。
190626 府中本町駅西側018 浅間神社 190626 府中本町駅西側017
(左)交差点角地が美好町3にある浅間神社である。 石造鳥居の右側に覆屋が見える。
(右)ここまで来る途中、道端に咲いていたノウゼンカヅラの花。
まず、拝殿へと向かう。
190626 府中本町駅西側018-1-1 190626 府中本町駅西側018-1-2
狛犬が一対。
190626 府中本町駅西側018-2 190626 府中本町駅西側018-2-1
(左)拝殿、参拝。
(右)拝殿の背後に覆屋がある。本殿が納まっているのだろうが、板垣で囲まれていて近寄れない。
参道を戻る。
190626 府中本町駅西側018-3 190626 府中本町駅西側018-3-1
(左)道路に面した覆屋には石造物が数基納まる。 手前には、かなり風化した石仏が三体ある。
(右)奥の左側は、笠付型の庚申塔。 日月・六手青面金剛・三猿・二鶏。右側に刻字があり、かろうじて「・・・年 村中」が読み取れる。 右側正手は何かを下げているが、何だか判らない。
190626 府中本町駅西側018-3-2 190626 府中本町駅西側018-3-3
(左)青面金剛の上半身。
(右)三猿、下に二鶏がいた。
奥の右側には、柱状型の供養塔がある。 刻字が正面に「種子・奉読誦普門品供養塔」、右側面「武州多摩郡屋鋪分村/觀音會講中」、左側面には寛政二年(1790)の紀年銘。
鳥居の左側に「屋敷分」説明石碑があった。いわく、「屋敷(鋪)分(やしきぶん)は、現在の美好町三丁目の一部に集落の中心があった村落です。地名の起こりは、・・・六所宮の社家(神官)となった鹿島田・佐野・中善寺氏などの屋敷があったこと・・・」だそうです。 変った地名だと思ったが、納得です。

陣街道をさらに南下して八雲神社の板碑と本殿彫刻を見てから東方向へ行き、いくつかの庚申塔などを訪ねて終わりとした。

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

(府中市)府中本町駅の西側周辺(その2/4)


2019年6月26日(水) 都心最高気温28.9℃、とにかく暑かった

その1/4は、府中本町駅から三千人塚の板碑、芝間稲荷神社の庚申塔と卵状丸石、南町3共同墓地の庚申塔群を訪ね、散策した(2019年7月27日登載)。



南町3丁目にある共同墓地から左(西)へ細い道を行き、幼稚園に沿って左折して道なりに進む。やや広い道路(ふるさと通り)に出るので、右折し西へ向かう。京王線の下を通り左側にあるライフ府中中河原店を左手にして廻ると北西角に覆屋がある。
190626 府中本町駅西側007 190626 府中本町駅西側007-1
ライフ北側に西向庚申塔がある。石造鳥居右側には、庚申塔由来を記した石碑があり、「庚申信仰は、中国道教の祭典であり・・・。庚申とは方位でいうと西南西の位置を示し、お社の向きもこれに習うものだが、中河原の庚申様は真西を向いており・・・」との説明がある。 
これは、通常の十二支方位でなく二十四方位に基づいた説明のようだ。つまり「庚」と「申」の中間方位は、真西(酉)から反時計まわりに22.5°の位置であり、西南西方向となる。
覆屋は扁額「西向庚申塔」が掛かり、内には庚申塔が2基納まる。
左側の庚申塔。
190626 府中本町駅西側007-2 左
柱状型の文字庚申塔。 刻字は正面「庚申供養」、右側面は読めない、左側面に「三組講中」。
右側の庚申塔。
190626 府中本町駅西側007-3 右
日月・六手青面金剛・三猿。刻字は右側「奉供養 正☐六丙☐年/三月吉日」、左側「庚申 同行十一人」。光背の外周は欠けている。 該当する年号は、正徳六丙申年(1716)でした。
190626 府中本町駅西側007-3-1 190626 府中本町駅西側007-3-2
(左)青面金剛の上半身。  
(右)三猿、小袋の菓子が供えられていた。

道路の向かい角にある呑み処坊ちゃんを右に見て、鎌倉街道を北東へ進む。 300mほど先の左側にある建物屋上に2層の鉄骨架構があった。
190626 府中本町駅西側008 190626 府中本町駅西側008-1 190626 府中本町駅西側008-2
(左)府中市消防団第15分団詰所でした。
(中)櫓は屋根が無いがホース干しと防災スピーカーが備わっている。 ホースが1本干してあった。
(右)ホースの下端はしっかり固定してある。

さらに鎌倉街道を進み、右側に府中消防署分梅出張所を見てから150m行くと分梅橋交差点となる。そこから右(東)へ遊歩道を30m行くと、正面に「分倍河原古戦場」の石碑がある。
190626 府中本町駅西側009 190626 府中本町駅西側009-1
逆光で見づらいが、画像中央が石碑です。 東京都説明板には、「・・・元弘三年(1333)五月、新田義貞は執権北条高時を鎌倉に攻めるため、・・・小手指ヶ原で北条方・・・を破り、・・・。北条方は分倍に陣を敷き、・・・新田勢は敗れて所沢方面に逃れたが、・・・」などとある。さらに「この時、武蔵国分寺は新田勢のために焼失させられた」ともある。 その時には七重塔が存在していたのかどうか、知りたいところです。 遊歩道のかたわらには、透明な水が豊かに流れていた。

分梅橋交差点に戻りそのまま西へと遊歩道を直進する。道なりに行くと道路に出るので右折すると、すぐ目の前が中央道となる。高架下を潜り北側の側道を左へ行く。分梅町四丁目交差点を越えると直ぐ右側が正光院である。
190626 府中本町駅西側010 正光院 190626 府中本町駅西側010-1
正光院山門と正面の本堂。 参拝。
山門の内側、直ぐ左側に幟旗「南無観世音菩薩」がならぶお堂がある。
190626 府中本町駅西側010-2 190626 府中本町駅西側010-2-1
お堂の左脇に石造物が二基ある。
左側の庚申塔。
190626 府中本町駅西側010-3
駒型の庚申塔。 日月・六手青面金剛・二鶏・邪鬼・三猿。刻字は左側面「小野営☐中」、右側面にもありそうだが不明。
190626 府中本町駅西側010-3-1 190626 府中本町駅西側010-3-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)二鶏、邪鬼、三猿。
右側の石柱。
190626 府中本町駅西側010-4
正面に大きく「庚申講中」とある。右側面にも刻字があるが読めない。

交差点までもどり、新府中街道を北へと向かう。トンネルを抜け階段を上ると府中崖線の段丘上に出る。背後は南武線の線路である。引き続き北へ進んだ西府駅入口交差点のすぐ先左側に、先ほど見た消防団詰所と同類の建物があった。
190626 府中本町駅西側011 190626 府中本町駅西側011-1
府中市消防団第14分団詰所である。 似た造りであるが、こちらの櫓には半鐘が下げてあった。

100m北が甲州街道との本宿交番前交差点である。 交差点の西南、ケヤキの下に石燈籠がポツンとある。
190626 府中本町駅西側012 常夜灯 190626 府中本町駅西側012-1
正面に「秋葉大權現常夜燈」、右側面に「寛政四壬子(1792)十一月吉祥日」とある。 由來書が掲示してあり、「人々は度重なる火災に苦しんだ。・・・本宿村では「講」をつくり遠州の秋葉神社で「火伏せ」の祈祷をなし、寛政四年1792、この地に常夜燈を設けた。」などと説明がある。

甲州街道を横断して北側の歩道を西へ向かう。 サイゼリヤがあったので昼食とした。まだ早い時間だったので客がいたのは数卓だった。
190626 府中本町駅西側013
1コインランチのナスのミートスパゲッティ、ランチスープは取って無い。右上は追加のほうれん草のソテー、計699円(込)。涼しい店内で腹を満たし氷水を飲むと、後半の散策を続ける気力が出てきた。

100mほど西へ行くと、右側に熊野神社の石造鳥居がある。
190626 府中本町駅西側014 熊野神社 
西府町2にある熊野神社。
190626 府中本町駅西側014-1 190626 府中本町駅西側014-1-1
(左)正面の拝殿、参拝。
(右)拝殿向拝の彫刻。 府中市説明板には、「熊野神社本殿の・・・本格的に施工された屋根の杮葺も造営当初の状態をよくとどめており・・・。また、拝殿の建築年代は、・・・十九世紀前半と推定されます。特に向拝部分は、十九世紀の華やかな装飾を・・・。」とある。 本殿は新しい覆屋内にあり見ることができない。
社殿の背後には、復元的整備された熊野神社古墳がある。
190626 府中本町駅西側014-2
北西側から撮影した画像。右側に社殿の背面が見える。 全体が葺石で覆われていて、よく見る草木で覆われた古墳とイメージが全く異なる。かつては、頂部や下方部の上面には埴輪が並べてあったのでしょうね。 説明パネルがあり、7世紀中ごろの飛鳥時代に築造された上円下方墳であること。1段目の下方部の一辺は約32m、高さは3段目の墳頂で約6mある、などと説明がある。また断面図や発掘状況の写真もあり、墳丘は「版築工法」を用いて築造されている、ともあった。2段目・3段目表面の葺石は多摩川の石だそうです。 なお、版築工法は古代寺院建築の基壇築造にも用いられていました。

この後、すぐ北にある路傍の庚申塔を訪ねてから東方向へ向かう。

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柴二郎(男)

Author:柴二郎(男)
酒はダメです。
たまに、散歩します。
読む人もいないと思うので、思いついたままの独断を書いています。
投稿は適当にするけど、当分は過去の散策記録が主です。
武蔵国はここでは、東京都・埼玉県とその周辺の範囲です。

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