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(世田谷区)深沢・等々力あたりの庚申塔など(その2/4)


2018年10月29日(月) 快晴、都心最高22.2℃。
どこでもヤブ蚊のしつこい波状襲来にさらされた。今夏は猛暑のため蚊の発生が少なかったが今頃になって飛び回っている。

その1/4では、駒沢3・新町1路傍の庚申塔、醫王寺の庚申塔3基、深沢不動教会の道標庚申塔を訪ね、散策した(2018年11月24日登載)。



深沢不動交差点を南西方向に行き、一つ目のT字交差点を左へ入る。200m程先の右側に小さな石造鳥居がある。
181029 深沢・等々力 006 181029 深沢・等々力 006-0
中村八幡神社。 その右隣にブロック塀に屋根をかけた覆屋があり、石仏が2基納まる。「中村庚申様」の標石がある。
左側の庚申塔
181029 深沢・等々力 006-1 左側庚申塔 181029 深沢・等々力 006-1-1
(左)駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・邪鬼。刻字は右側面「☐化十三子年二月吉日」(年号と干支で該当するのは、文化十三丙子年(1816)のようだ)。左側面は多分「當所 庚申☐中」。 頭髪の筋目などが残るものの、亀裂などがあり全体的には風化している。
(右)青面金剛の上半身。 右側部分は、剥落した部分をモルタルで接合したようだ。
181029 深沢・等々力 006-1-2 181029 深沢・等々力 006-1-3
(左)邪鬼。 その下には三猿らしきが見えるが、モルタル補修されている。
(右)右側正手は、いわゆるショケラらしいものを下げているように見える。
右側の庚申塔。
181029 深沢・等々力 006-2 
駒型庚申塔、石材は左隣より密実でやや赤みを帯びている。 日月・六手青面金剛・二鶏・邪鬼・三猿。刻字は右側「庚申 供養」、左側には紀年銘がありそうだが、読めない。
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(左)青面金剛の上半身。
(右)二鶏、邪鬼、三猿。 三猿は最下部に小さいのがいる。
右端に小さな石造物があった。
181029 深沢・等々力 006-2-3 板碑片
材質、形状から板碑(板石塔婆)の断片のようだ。
左隣の中村八幡神社は、一見して住宅のような造りだが、鳥居があり・鈴に紅白の麻縄が垂らしてある。
181029 深沢・等々力 006-4-1 181029 深沢・等々力 006-4-2
一対の狛犬、かなり風化している。

さらに南東に200m行くと学芸大世田谷小学校に行きあたる。敷地に沿い進み南側の道路に出て東へ向かう。深沢交差点から100mほど先の右側、大谷石積塀の手前に「阿弥陀如来」標石と世田谷区の「阿弥陀三尊画像板碑」説明板がある。
181029 深沢・等々力 007
画像右側の細い道を入る。 私有地のようだが、案内が掲示してあるので木洩れ日の中を進んだ。すぐに進入止めを示す横棒が渡してあり、その左側に木祠があった。
181029 深沢・等々力 007-1
木立の下の木祠に板碑が納まっている。 木格子戸が嵌めてあるのに加え暗くて実像は全く判らない。 以下は、格子の間から適当に撮影した内から選び出した画像。
181029 深沢・等々力 007-2 181029 深沢・等々力 007-2-1
中尊の上半身と下半身。
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下部の左側と右側。
区説明板には「阿弥陀三尊来迎画像板碑であり、中尊阿弥陀如来は二重頭光、蓮台上に立ち、・・・中尊下方には脇侍の観音、勢至菩薩が描かれ、・・・蓮台より下を欠損している。」などとあった。
181029 深沢・等々力 007-4
木祠前に実をつけたセンリョウ(千両)。 正月の実ですね、我が家では毎年仏前に供えている。

引き続き東へ50m行った左側、住宅の前が区画され4基の庚申塔がある。
181029 深沢・等々力 008 181029 深沢・等々力 008-0
「深沢庚申様」標石がたつ。 東に向かい1基、道路に向かい3基ある。いずれも状態は良好だった。
まず、東向きの庚申塔。
181029 深沢・等々力 008-1 181029 深沢・等々力 008-1-1
(左)板駒型庚申塔。 六手青面金剛・邪鬼・三猿。 台石正面に刻字「庚申講中」。
(右)青面金剛の上半身。
181029 深沢・等々力 008-1-2 181029 深沢・等々力 008-1-3
(左)邪鬼と三猿。 三猿は行儀よくそろえた膝を立てている。
(右)右側正手は、小さなショケラを下げている。
道路を向いている3基のうち、左側の庚申塔。
181029 深沢・等々力 008-2
駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・邪鬼・二鶏・三猿。刻字は右側面「明☐六巳丑年十月吉日」。 年号と干支から明和六巳丑年(1769)。 日・月の月は右側にある。一部に白カビがついている。
181029 深沢・等々力 008-2-1 181029 深沢・等々力 008-2-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)邪鬼、二鶏、三猿。 三猿は離れていて両側はそれぞれ外側を向いている。
中央の庚申塔。
181029 深沢・等々力 008-3 181029 深沢・等々力 008-3-1
(左)板駒型庚申塔、ここではもっとも大きい。 日月・六手青面金剛・邪鬼・三猿。左側面の刻字は「安永六丁酉(1777)十一月吉日」。 全体に白カビが蔽っている。
(右)青面金剛の上半身。
181029 深沢・等々力 008-3-2 181029 深沢・等々力 008-3-3
(左)邪鬼と三猿。
(右)右側正手は、ショケラの長い髪を掴み吊り下げている。
右側の庚申塔。
181029 深沢・等々力 008-4
板駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・二鶏・三猿。刻字は右側「奉供養庚申講中武刕荏原郡世田谷領☐沢村 施主」、左側「正德五乙未年(1715)十一月廿八日」。 「刕」は「州」の異体字。
181029 深沢・等々力 008-4-1 181029 深沢・等々力 008-4-2
(左)青面金剛の上半身。 頭部は大きくてロウソクの炎のような形をしている。似た頭部形状は、目黒区の庚申塔などにもあった(2017年11月12日登載)。
(右)二鶏と三猿。

その3/4では、天祖神社の力石や金剛寺の地神塔・庚申塔ほかを訪ねる。

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ジャンル : 写真

(世田谷区)深沢・等々力あたりの庚申塔など(その1/4)


2018年10月29日(月) 快晴、都心最高気温22.2℃。
どこでもヤブ蚊のしつこい波状襲来にさらされた。今夏は猛暑のため蚊の発生が少なかったが、今頃になって飛び回っている。

今回は、駒沢3・新町1路傍の庚申塔、醫王寺の庚申塔3基、深沢不動教会の道標庚申塔、深沢4路傍の庚申塔、深沢1の画像板碑、深沢庚申塚4基、等々力7路傍の庚申塔、天祖神社の力石、金剛寺の庚申塔と地神塔、等々力3路傍の庚申塔、鈴木家穀倉、等々力渓谷、等々力不動尊の庚申塔、尾山台宇佐神社の庚申塔などを訪れた。



東急田園都市線 駒沢大学駅からスタート。
181029 深沢・等々力 001
駒沢公園口から地上に出た。
玉川通りの北側を西へ、500m程行くと右側に覆屋がある。
181029 深沢・等々力 002 181029 深沢・等々力 002-0
駒沢3路傍の庚申塔で、2基納まっている。 赤い提灯「庚申尊」が下がり、綺麗に清掃してあって生花も供えられいる。大切にされているようだ。 私には、いずれも激しく風化しているのが残念です。
181029 深沢・等々力 002-1 
左側の光背型庚申塔。 青面金剛・三猿。
181029 深沢・等々力 002-1-1 181029 深沢・等々力 002-1-2
主尊の上半身と三猿。 輪郭のみわかる程度まで風化している。
181029 深沢・等々力 002-2
右側はさらに風化が進んで、青面金剛に三猿の痕跡が薄っすらと残る。

玉川通りをさらに西へ進み150m程先にある信号で横断し南下する。やや複雑な道路を南へ500m程行くと、角地に建つ白塗ブロック造の覆屋に行きあたる。
181029 深沢・等々力 003 新町1-3路傍の庚申塔
内には、石仏が一基ある。
181029 深沢・等々力 003-1 181029 深沢・等々力 003-2
石仏には、赤い前垂れが掛けてある。 こちらはさらに激しく風化しており、全く像容がわからない。手前右に「庚申塚 深澤神社」のステンレス製標塔が立っていた。

真南方向約600m先に醫王寺がある、入り口は南側の駒沢通りに面している。大きな石積みの門構えだが門柱はない。
181029 深沢・等々力 004 医王寺山門 181029 深沢・等々力 004-1
(左) 正面に本堂が見える。
(右)屋根は少し珍しい錣葺(しころぶき)の入母屋造りです。切妻屋根建築物の四面に一段下げた庇を回している。京都御所紫宸殿などで見られる屋根の形式です。棟の両端には鬼瓦でなく鴟尾(しび。くつ形)が置いてある。これは中国の影響が強い仏教建築物に見られる。
181029 深沢・等々力 004-2 181029 深沢・等々力 004-3
(左)入り口の右(東)側にある木造の山門。その門外の両側に石仏がある。
(右)左(東)側には、地蔵菩薩立像とその右脇に2基の庚申塔が並んでいる。
左側にある庚申塔。
181029 深沢・等々力 004-4 左側左
駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・三猿。刻字は右側「延宝八庚申天(1680)」、左側「☐月五日」。 尊顔含め状態は良好です。庚申のアタリ年の造立。
181029 深沢・等々力 004-4-1 181029 深沢・等々力 004-4-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)三猿。 両足を垂直に立てている姿は少ないと思う。
右側の庚申塔。
181029 深沢・等々力 004-5 左側右
板駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・三猿。刻字は右側「享保十七☐天(1732) 九月吉日」、左側「施主 三田☐☐☐」。年号の☐は「子」のように読めるが・・・。
181029 深沢・等々力 004-5-1 181029 深沢・等々力 004-5-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)三猿。 左側は右を向き、中央と右側は左を向ている。
門の右(西)側にも1基ある。
181029 深沢・等々力 004-7
庚申塔。
181029 深沢・等々力 004-7-0 右側 181029 深沢・等々力 004-7-1
(左)駒型庚申塔。正面側は凹面状に削り主尊を浮き彫りしている。 日月・六手青面金剛・邪鬼・三猿。 刻字は右側面「庚申講中」、左側面「天明五年乙巳(1785)九月」。
(右)青面金剛の上半身。
181029 深沢・等々力 004-7-2 181029 深沢・等々力 004-7-3
(左)邪鬼と三猿。 三猿の下半身は、台座に埋め込まれている。
(右)右側正手は、いわゆるショケラを下げる。
地蔵菩薩立像と「深沢小学校発祥之地」標石もあった。
181029 深沢・等々力 004-8-1 181029 深沢・等々力 004-8-2
ネット情報では、庚申塔はさらに三基あるようだが、見当たらない。墓地の中と見当をつけたが閉じた扉に注意書「檀信徒・墓参以外の方の立ち入りは御遠慮・・・」があった。

境内を出て左に行くと直ぐに深沢不動交差点がある。その左角が深沢不動教会である。
181029 深沢・等々力 005 181029 深沢・等々力 005-1
(左)門前には高い台座上の狛犬が一対ある。 先を急いだので、境内には寄らなかった。 
(右)右側狛犬と覆屋(地蔵菩薩だったと思うが定かでない)の間に2基の石仏が、前後に並んでいる。
181029 深沢・等々力 005-2 181029 深沢・等々力 005-2-1
(左)後ろ側が駒型庚申塔。 日月・六手青面金剛・邪鬼・二鶏・三猿。刻字は台座の正面中央「☐山庚申講中」、右側「文政三庚辰年(1820)」、左側「二月十五日」(☐は「庄」か?)。右側面に「あわしま道」、左側面「ほりの内道」とあり道標を兼ねている。 白カビに覆われている。
(右)青面金剛の上半身。
181029 深沢・等々力 005-2-2 181029 深沢・等々力 005-2-3 ショケラのような
(左)邪鬼、二鶏、三猿。
(右)右側正手は、ショケラのようなものを下げている。
手前には地蔵菩薩坐像がある。
181029 深沢・等々力 005-3
台石に大きな刻字がある。正面は「さかみ海道」、右側面「江戸みち」、背面中央「宝暦十三癸未年(1763)十月」、左側面「せたかや道」と、これも道標を兼ねている。

その2/4では、南東方向に向かい、深沢地域の庚申塔や図像板碑などを訪ねる。
                    

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(豊島区)池袋駅周辺の庚申塔・力石などを東長崎駅から下板橋駅へ(その4/4)


2018年9月11日(火)曇。 都心最高気温23.9℃と涼しい。

その1/4は、東長崎駅から小城山の馬頭観音、東長崎4路傍の庚申塔、長崎神社の力石をなどを訪れ、散策した(2018年9月30日登載)。
その2/4は、金剛院の板碑庚申塔、鬼子母神堂の力石群などを訪ね、散策した(2018年10月8日登載)。
その3/4は、本納寺の三猿石塔、法明寺の庚申塔と梵鐘、東池袋路傍の庚申塔、池袋駅前公園の田の神塔などを訪ね、散策した(2018年10月20日登載)。



池袋駅前公園左(西)側の山手線沿いにあるスロープを南東方向に上る。目の前に豊島清掃工場の煙突がそびえたつ。
池袋大橋で線路を横断する。
180911 池袋駅周辺 017 180911 池袋駅周辺 017-1
(左)大橋から南西方向を撮影。 右端の車両は、東武東上線。
(右)線路西側に広がるホテル街。階段を降りた右側が画像右端のH.ワールド。 最近、外国からの観光客達にこの手のホテルが人気だそうです。何が異人さんのお眼がねにかなうのか、わからないですね。

ホテル街の細い道路を西に100mほど行くと、カラーブロック敷の平和通りに出る。右に曲がり北上して首都高池袋線の下を横断し北側に出る。左へ100mほど行くと右側に重林寺がある。 
東側の通用門から境内にはいる。 この寺には、2011年11月22日に訪れており再訪となる(2015年8月30日ブログ登載)。
180911 池袋駅周辺 018 180911 池袋駅周辺 018-1
(左)境内。 右(北)側に本堂を始め建物がならんでいる。画像右端の寺務所らしい建物前、植栽の中に徳川家石燈籠が見えている。
(右)徳川将軍家霊廟奉獻石燈籠。 銘文は中央に「惇信院殿 ☐前」、右側「奉獻石燈籠 一基/武州増上寺」、左側「寶曆十一年辛巳(1761)六月十二日/從五位下細川中務少輔源☐文」。☐は「興」か?
向かい(南)側も植栽となっている。
180911 池袋駅周辺 018-2 180911 池袋駅周辺 018-2-1
(左)画像左寄り。コケやツタで分かりにくいが、刈り込まれた木の下あたりに石に囲まれて小さな板碑がある。
(右) 蓮座上に三尊種子、下部の銘文は中央に「奉庚申☐供☐逆☐」が読み取れる。 庚申板碑です。
山門の正面に本堂がある。
180911 池袋駅周辺 018-4 180911 池袋駅周辺 018-3
(左)本堂、参拝。
(右)山門内左側に七面石幢がある。 各面に観音菩薩が彫られている。台石に「享和三癸亥天(1803)/十月吉祥日/・・・/飛鳥山/石工 伊藤廣重」。
境内左(西)側にある墓地の南側に石仏が並んでいて庚申塔も二基ある。入口の鉄格子戸が閉じられていたので、格子の間から撮影した。
180911 池袋駅周辺 018-5 180911 池袋駅周辺 018-5-1
(左)左端は笠付庚申塔。 六手青面金剛・二鶏・邪鬼・三猿。刻字右側「奉信☐庚申☐☐」。
(右)無縁供養塔の右側にも笠付型庚申塔。 文字「種子・奉造立庚申寶塔」・三猿。
180911 池袋駅周辺 018-6
きれいな薄紫色をした花。 ネット調べでは、ハナトラノオらしい。 
古くからある観葉植物トラノオ(虎の尾)も花が咲きます。昔、水も肥料も与えることなく屋外に放置してあった鉢植えが、突然白っぽい花を咲かせて驚いたことがあった。甘い香りがしたと記憶している。

重林寺の西側の道路を北へ行く。左側に丸の内線の特徴ある旧型車両が見える。以前撮影した画像と見比べていたら、電柱左側に有った郵便ポストが無くなっていた。

さらに400mほど北上したY字路角に覆屋がある。
180911 池袋駅周辺 019 180911 池袋駅周辺 019-1
二基の石仏が納まる。 左側の地蔵菩薩立像には「子育地蔵尊」、右側には「猿田彦大神庚申」と書かれた白い提灯が下がっている。 改めて画像を見たところ、覆屋はみごとな重層屋根だった。
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自然石を将棋駒状に整形してある。 正面に刻字「庚申」。

20mほど戻り左折し東へ向かうと、150mほど先に池袋氷川神社がある。
180911 池袋駅周辺 020 180911 池袋駅周辺 020-1
(左)右側から続いていた参道。
(右)本殿、参拝。 何かの行事が終わった時だったようで、神職と職人が片付けをしていた。 ここも2011年に訪れている。
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(左)社殿の左側に池袋富士塚がある。 前回同様に扉は開いているが、「お山にのぼらないでください」の注意板が立っている。
(右)黒ぼくで覆われた富士塚は、頂上に石祠があり登拝道には合目石を始め多くの石碑などがある。
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登拝道下の左右には石猿がいる。左側のサルは子ザルを抱えていた。
180911 池袋駅周辺 020-2-4 「一合目」「四合目」 180911 池袋駅周辺 020-2-5 「御嶽山」と天狗像
(左)登拝道、合目石「一合目」、「四合☐」が見える。
(右)「小御嶽山」石碑と手前左右の天狗像。
180911 池袋駅周辺 020-2-6左側の登拝道 180911 池袋駅周辺 020-3
(左)塚を左側に回ると、もう一つ登拝道があった。 正面から登拝し参拝後、こちら側から降りるのだろうか。
(右)境内左(西)側、奥の神輿庫。手前の四角い土盛りは土俵だそうだ。画像では覆いが被せてあるが、相撲行事の際は除くと土俵が現れるようだ。

氷川神社裏の道路を200mほど東に行き、商店街に出たところで北上(左)するとすぐに東武東上線下板橋駅がある。
180911 池袋駅周辺 021


歩数計は、18,854歩だった。

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(豊島区)池袋駅周辺の庚申塔・力石などを東長崎駅から下板橋駅へ(その3/4)


2018年9月11日(火)曇。 都心最高気温23.9℃と涼しい。

その1/4は、東長崎駅から小城山の馬頭観音、東長崎4路傍の庚申塔、長崎神社の力石をなどを訪れ、散策した(2018年9月30日登載)。
その2/4は、金剛院の板碑と庚申塔、鬼子母神堂の力石群などを訪ね、散策した(2018年10月8日登載)。



鬼子母神境内を出てそのまま東方向へ進むと直ぐ右側に本納寺がある。
180911 池袋駅周辺 009 180911 池袋駅周辺 009-1
本納寺と本堂。北面する寺社は珍しいと思う。 参拝。
本堂右側から裏の墓地に進む。 本堂後ろ左(東)寄りあたりに数基の宝篋印塔が並び、その左隣に三猿が刻まれた石塔がある。
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(左)相輪を持つ笠の下部は、正面に四角い小窓が六つあり背面は大きな四角い開口となっていて火袋らしい。形態としては燈籠としての用があるようだ。 ただ、茶人は墓石に燈籠を用いていることがあるそうです。この石塔自体には戒名など彫られていないようだが、前方には名前が彫られた石台と花立てがあり、背後には御塔婆があったので墓塔かもしれません。 燈籠の竿にあたる部分に三猿が浮き彫りされている。
(右)正面の「見ザル(不見猿)」。
180911 池袋駅周辺 009-2-3 180911 池袋駅周辺 009-2-2 
(左)左側面の「言わザル(不言猿)」。
(右)右側面の「聞かザル(不聞猿)」。
本堂右側の水屋は井戸の周りに、それぞれに家名と家紋が記されている手桶が整然と並んでいた。 我が家の墓地のごとく共用ではない。いずれも歴史ある家々の墓地なのでしょう。

先ほどの道路を鬼子母神まで戻る。境内右(北)側の道路を進むと変形四差路の右角に石塔がある。
180911 池袋駅周辺 010 180911 池袋駅周辺 010-1
題目「南無妙法蓮華経」を刻んだ石塔。台石には「威光山」とあり、これから訪れる法明寺の石塔だとわかる。

石塔左側の道路を北に進むと、法明寺の参道へつづく。
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玉垣の左側親柱に「法明寺」、右側には「威光山」と朱入りで刻字されている。
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法明時の山門と本堂。 参拝。 両側の樹は、桜のようです。
本堂の左側奥に鐘楼がある。
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鐘楼と梵鐘。
説明板があり、「この梵鐘は・・・下縁に曲尺、枡、天秤、算盤等の江戸時代の庶民生活を表す用具が図案化・・・」とある。
右画像の中央から右に、「L」形が曲尺(かねじゃく)、ひし形に横棒が枡、斜め棒が物差し、長方形が算盤だと推定したが、どうだろうか?細長い瓢箪みたいなものは、さお秤の収納ケース(大円部に皿、小円部に分銅、軸部には棹(さお)を納める)だろうか、あるいは大工道具の墨つぼかもしれない。
山門を出ると右(西)側に安国堂が建っている。
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安国堂。 石段上左側に見える木祠に庚申塔が納まる。
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丸頭の扁平柱状庚申塔。 六手青面金剛・邪鬼・三猿。 全体に風化している。
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(左)青面金剛の上半身。
(右)邪鬼と三猿。 邪鬼は肘をつき上半身を上げているようだ。

安国堂の西側の細い道を北上する。
180911 池袋駅周辺 012
よき散歩道だが、夜は怖そうだ。なにせ左側は墓地だ。 12時を40分ほど過ぎていたので、東通りに出た右手前のイタリア料理店を覗くと満席だった。東通り向かいにあった〆蕎麦フクロウに入った。
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(左)もり700円、玄米ご飯サービスとのことだが無用に。
(右)机上に置いてあった、「〆蕎麦 フクロウ夏夜2018」案内ビラ。
店名から判断するに、居酒屋としての夜の商いが主でその締めとして自慢のソバを供する、というコンセプトでしょうか? ともあれ、おいしかった。

店の左側道路をさらに北上すると、左側に外壁がA.ガウディのごとく有機的装飾を過多にまとった建物があった。
180911 池袋駅周辺 013
角の像はフクロウをモチーフにしたのだろうか? 若者は面白がるのだろうが、私にはこの手の建築物はどうもね・・・。

すぐ北の日出通りを横断し首都高池袋線の下を潜って東側に出てからサンシャイン60を目標に北へ行く。帝京平成大学の道路側にポツンと子育地蔵があったので撮影していたら、大学構内へ救急車が入って来た。
大学敷地先を右折。すぐ先を左に曲がった左角に庚申塔がある。
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自然石の文字庚申塔。文字「庚申」。背面に刻字があり右側は「天保十三壬寅(1842)二月吉日」、左側「大道村中」。 左隣に穴が開いた石があった。

西方向の六ッ又陸橋西側に行く。交番北の角地にその名も庚申ビルがある。
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南側壁面の東寄り、外階段下の壁にニッチがあり庚申塔が納まる。
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六手青面金剛・邪鬼。 供えられた生花で隠れて石仏の全体像がわからない。彫りがシャープで最近のもののようだ、黒目が入っている。
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(左)右側正手は人頭を下げる。
(右)邪鬼。

前のセンターロードを西に行った突き当りが、池袋駅前公園である。線路沿いの細長い公園の北端に水天宮がある。
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池袋水天宮。左側は線路。
池袋水天宮案内板には、概略「久留米藩主有馬氏が地元の水天宮を江戸の藩邸に分霊して祀り、明治五年に日本橋蠣殻町に鎮座した。池袋水天宮は、昭和三年に水天宮の御札をお祀りしたのが始まり」とある。
南面する社殿の手前右側に石仏が四つ並んでいる。
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石仏は丸く大きな頭巾をかぶり、手にしゃもじと椀を持つ、田の神だそうだ。一部に白や赤色の彩色が残る。
『日本石仏事典 第二版』庚申懇話会編の田の神塔によると、「鹿児島県と宮崎県の南部(旧島津領)の水田地帯には田の神の石像が多い。・・・頭にコシキス(米をむすとき使うワラ製の簀)をいただき、手にはメシゲ(しゃもじ)やスリコギ、椀、鈴・・・などを持つ。」などと説明してある。 頭にかぶっているのは、頭巾ではなく蓑でした。
久留米は福岡県の南部であり鹿児島県とは離れているが、こちらの水天宮に四体もの大きな田の神が祀られていることとは、なにか関連があるのだろうか?

次は線路超えて西側に行き、重林寺の徳川家石燈籠・板碑などを訪ねる。

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

(豊島区)池袋駅周辺の庚申塔・力石などを東長崎駅から下板橋駅へ(その2/4)


2018年9月11日(火)曇。 都心最高気温23.9℃と涼しい。

その1/4は、東長崎駅から小城山の馬頭観音、東長崎4路傍の庚申塔、長崎神社の力石をなどを訪れ、散策した(2018年9月30日登載)。



長崎神社を出た向かいは、西武池袋線椎名町駅である。 次の金剛院は、長崎神社のすぐ東隣にある。江戸時代には長崎神社の別当寺であったことが想像できる。
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(左)奥に赤色の山門が見える。
(右)本堂。 参拝。
参道右(東)側に丸石に囲まれた刈込植栽がある。その奥に宝篋印塔、五重石塔などと共に板碑がある。
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(左)三基の板碑などが、整然と並んでいる。
(右)中央の板碑。 大きい大型板碑の上半部の三角部を少し残し切り取ったような形状だ。上部左右に円が二つある、日・月のようだが画像拡大してもどちらが月か判別できない。中央の蓮座上の種子は、サ(観世音菩薩)だろうか? 武蔵国の板碑は山形下に二条線があるがこれにはない。また蓮座はふっくらした蓮弁のみで蓮実がない。 いわゆる板碑(板石塔婆)ではないのかも知れない。私は見た瞬間、太陽の塔の胸にある顔に似ていると感じた。
背後の左右にも板碑がある。
左側の板碑。
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蓮座上に主尊種子のアーンク(胎蔵界大日如来)、右脇侍種子はカ(地蔵菩薩)、左脇侍種子はサ(観音菩薩)のようだ。それぞれ月輪(がちりん)に納まる。下段の銘文は、中央「逆修供養・・・」、右側「永享十二年(1440)」、左側「六月十四日」、中央銘文の左側に花瓶が線彫りしてある、右側にもありそうだが風化してわからない。
右側の板碑。
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図像板碑。 金剛院H.Pによると主尊は、阿弥陀如来だそうです。 頭上からは筋光が二本の吹き寄せで放たれている。蓮座の下には前机と三具足が見て取れる。
刈込周囲の丸石のうち正面のものは、切付があり力石らしい。
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(左)切付は、「☐☐春☐/源忠徴/☐之。 左行の文字は、拮之か?
(右)ヒガンバナ(彼岸花)のつぼみのようだ。 つぼみは、葉も何もない地面から、突如として伸びてくる。
山門の内側、すぐ参道左(西)側に石造物が並んでいて庚申塔もある。
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(左)画像の右から二基目が庚申塔。 右端には自然石の「馬頭観世音」、「明治十五年/五月吉日」がある。
(右)笠付型庚申塔。 日月・六手青面金剛・二鶏・邪鬼・三猿。刻字は右側面「種子・宝永四丁亥年(1707)/十一月廿三日」、左側面「陽雲信士/秋本☐五右衛門/・・・」。戒名が刻まれた庚申塔は、私には記憶がない。墓石だろうか?戒名の上には種子らしいものがある。
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(左)青面金剛の上半身。
(右)二鶏、邪鬼、三猿。 二鶏は線刻が多いが、これは薄く浮き彫りしてある。

山門を出て左にある中央環状線下をとおり、東方向に向かう。
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(左)池袋第三小学校校庭門左の「慈母ふくろう」。 池袋はやはりフクロウということでしょうか。
(中、右)道路端で咲いていたフヨウ。
校庭先で右折し、西武池袋線の線路沿いに左(東)へ、山手線に架かる高架歩道橋を渡りさらに東へ行く。
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歩道橋から右(南)方向を撮影、中央の切妻屋根は目白駅。

明治通りを渡ると、すぐ左(東)側が鬼子母神西参道であり、突き当りが鬼子母神境内となる。
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(左)参道入口の「鬼子母神西参道」と掲げた路上の門。
(右)西側の入り口。 真正面が妙見宮。
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画像奥の大きい建物が拝殿、中央が本殿。右端の小さなお堂が妙見宮。本殿と背中合わせなので正面は、逆の西を向いている。 赤い鳥居と鈴があり神社のようで神仏習合の名残りだろうか。奉納幟旗は「南無妙見大菩薩」でした。 なお、妙見宮も鬼子母神堂の附(つけたり)として国の重要文化財指定建築物だそうだ。
鬼子母神堂の正面に回る。
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拝殿前の狛犬一対。
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東面するお堂(本殿)。 参拝。
豊島区H.Pによると、「鬼子母神堂は、本殿の前面に相の間を介して拝殿が接続している、いわゆる権現造と呼ばれる複合建築である。・・・正しくは「鬼」字は、1画目の点(ツノ)のない文字・・・」などの説明がある。 なお、このお堂は、のちほど訪れる法明寺の境外堂だそうです。
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(左)画像左側、樹の周囲に力石が置いてある。右端の建物は拝殿(礼堂)。
(右)長円石が8個あった。
左端から右へ順に見ていく。
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(左)左端。切付はないが他の力石と並べてあり、大きさ・表面の平滑さから力石と見ても不思議はないと思う。
(右)左から2個目。切付は「奉納(右横書き) 五拾貫目余」、右側「☐川八幡前」、左側「中村弥兵衛」。 ☐字は「湶」にも見えるが「深」らしい。
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(左)左から3個目。切付「奉納(右横書き) 四拾七貫目」、右側「㚑岸嶌」、左側「八町堀」、下段に名らしき切付が並んでいる。㚑は「霊」の異体字。
(右)左から4個目。細長い形をしている、切付「奉納(右横書き) 四拾五貫目余」、右側「☐川八幡前」、左側「中村弥兵衛」。左2個目と同一人による奉納。
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(左)左から5個目。切付「奉納(右横書き) 五拾貫余」、右側「元飯田町/堀留」、左側「金治郎/金蔵/直吉/又吉/魚浜/大金」。
(右)左から6個目。切付「奉納(右横書き) 力石」、左側「文政二年(1819)」、下段「元飯田町/堀留/万☐店/金蔵/金治郎」。
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(左)左から7個目。ざらついた石肌、切付「奉納(右横書き) 五拾三貫目☐」、右側(多くの名が刻まれている)、左側「田☐町・・・/・・・」。下段にも多くの名が刻まれている。 この中では最も重い。一貫目は約3.75kgなので約199kg、すごいですね。
(右)左から8個目。切付「三拾五☐」。
参道左(南)側には大イチョウがある。
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東京都説明板があり「樹高30m、幹周8mの雄株で、都内のイチョウでは、麻布善福寺のイチョウに次ぐ巨樹であり、樹勢は盛んである。」などとある。
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境内入り口近く、左右に石造金剛力士像が立つ。
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境内入り口から振り返り、参道と奥の拝殿を撮影。

東方向にある本納寺へ三猿がある石塔を訪ねる。

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柴二郎(男)

Author:柴二郎(男)
酒はダメです。
たまに、散歩します。
読む人もいないと思うので、思いついたままの独断を書いています。
投稿は適当にするけど、当分は過去の散策記録が主です。
武蔵国はここでは、東京都・埼玉県とその周辺の範囲です。

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