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南千住から隅田川沿いに両国まで その3/3


2011年10月11日(火) 天気は画像から判断して、曇一時晴のようだ

今回登載のブログは、10年近く前に散策した記録です。

その1/3では、荒川区南千住6にあるスサノオ神社の南千住富士塚・几号水準点を再訪したあと南下し、JR貨物の車両基地を陸橋から見た(2021年2月14日登載)。
その2/3では、南千住3にある石浜神社の富士塚・力石・庚申塔などと、路上の几号水準点2基を訪れた(2021年2月21日登載)。



都道314号線をさらに南へ200mほど行くと、左が広い運動公園となる。台東リバーサイドスポーツセンターというようだ。公園を横断して隅田川の護岸に出る。
111011 南千住から隅田川沿い南下009-1  111011 南千住から隅田川沿い南下009-1-1
(左)200mほど下流に、桜橋がある。対岸には、遠く東京スカイツリーが見える。第一展望台の屋根右には、小型クレーンが設置してあり、まだ工事中であることがわかる(画像をクリックすると拡大画像になります)。
(右)桜橋のすぐ下流あたりから見る外形は、左に傾いているように見える。中心の黒い鉄筋コンクリート造円筒と外郭の鉄骨トラスの間が、右のほうが開いている。これは、ツリー下部の平面形状が正三角形であるためで、この状態は3辺の延長方向から見ることができる。また、右側が曲線状であるのは展望台あたりから上部の平面形状が円形に変わることによる。

X字状をした歩道橋、桜橋を渡り左(東)岸へ行く。墨田区となる。
111011 南千住から隅田川沿い南下009-2 111011 南千住から隅田川沿い南下009-2-1 上流方向
(左)中心に円すい状のモニュメントがあった。
(右)桜橋から上流方向を撮影。
堤の上を下流に向かい歩く。200m程行くと左の堤下が三囲神社(みめぐり)で、石造鳥居が見える。
111011 南千住から隅田川沿い南下010 大鳥居
浮世絵などに残る様子は、隅田川方向から堤越しにこの鳥居の上部のみが見える構図がよく知られていたようだ。墨田区説明板には「・・・土手の下にあったにもかかわらず、対岸からでも鳥居の貫より上が見えられるほどの大きなもので、・・・歌舞伎の背景や多くの浮世絵などの題材として描かれています。・・・」とある。さらに、この土手下辺りに、竹屋の渡しがあったとも記されている。
門はあるが、鉄格子戸が閉まっているので正面へ回る。
111011 南千住から隅田川沿い南下010-1 111011 南千住から隅田川沿い南下010-1-1三越マーク
(左)鳥居手前左に社号標石「三圍神社」。「三井家の守り神」だそうです。
(右)「まる越」印の台座。 伊勢松阪にあった三井越後屋から「三越」の名称ができたそうだ。
111011 南千住から隅田川沿い南下010-2 111011 南千住から隅田川沿い南下010-2-1
狐の狛犬。「三囲のコンコンさん」との説明板があった。
111011 南千住から隅田川沿い南下010-3
スイフヨウだと思う。今日はまだ昼ごろなので赤く色変わりしていないようです。右下の赤くしおれた花は、昨日咲いた花でしょう。私はこの1日花を見ると、石川さゆりの「風の盆恋歌」なかにし礼作詞を思い起こします。
三井家ゆかりの石造三角鳥居。
111011 南千住から隅田川沿い南下010-4 111011 南千住から隅田川沿い南下010-4-1
三角石鳥居説明書には「三井邸より移す。原形は京都太秦・木島神社(このしま)にある」と書いてあった。
境内南西部に黒い縦格子フェンス内に彫刻で覆われた一間社がある。三井家祖先をまつる顕名霊社(あきな)です。2013年2月3日登載「三囲神社、迷い子しるべ石、子育地蔵・萬福寺・東漸寺ほかの庚申塔(その1)」で画像を登載している。
111011 南千住から隅田川沿い南下010-5 111011 南千住から隅田川沿い南下010-6
(左)最初に見た隅田川堤下の石造鳥居を境内側から見る。
(右)包丁塚。正面刻字は「包丁冢」。「冢」は、つかの意味。「土+冢(常用漢字は「塚」)」が俗字らしい(『新版 漢語林』大修館書店)。境内には多くの石造物があった。

正面鳥居前の見番通りを南西へ行くと150mで広い言問通りにでる。すぐ左の言問橋東交差点を渡って、直進した右側が牛島神社である。
111011 南千住から隅田川沿い南下011 牛嶋神社
牛嶋神社の石造鳥居。
111011 南千住から隅田川沿い南下011-1牛左側 111011 南千住から隅田川沿い南下011-1-1
牛の狛犬が一対。
111011 南千住から隅田川沿い南下011-2 111011 南千住から隅田川沿い南下011-2-1
撫で牛もいた。頭頂のつむじが強調されているが、どのような意味があるのでしょうか? 全身が黒光りしているのは、願い事をいっぱい託されたのでしょう。
111011 南千住から隅田川沿い南下011-1-3 111011 南千住から隅田川沿い南下011-3
(左)社殿前の鳥居は三輪鳥居(みわとりい)。奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)にある独特の形式をした鳥居。 参拝。
(右)境内から見た、スカイツリー。 第一展望台上右の工事用クレーンからワイヤーロープが下まで長~く伸びている。先端は隠れて見えないが、資材を吊り下げているのでしょう。

隣接する水戸藩下屋敷だった隅田公園を通り抜ける。
111011 南千住から隅田川沿い南下012 墨田公園 111011 南千住から隅田川沿い南下012-1 源森川水門
(左)隅田公園から南西方向。白く見える建物は、墨田区役所庁舎。
(右)源森川水門。 GoogleのStreet View画像と見比べると、上部架構などや色が異なる。造り替え又は改修をしたようだ。
111011 南千住から隅田川沿い南下012-2 111011 南千住から隅田川沿い南下012-3
超高層ビルの間からアサヒビールのキント雲が光って見える。この金色の物体はいろいろな俗称で呼ばれているところだが、同社HPお客様相談室を見ると、「聖火台の炎」ですとあった。チョットつまらないですね。
途中、道路際にも関わらず、おとなしく首輪で繋がれたネコがいた。

駒形橋東詰めから都道463号を南下し、江戸東京博物館に寄った。企画展「日光東照宮と将軍社参」を観覧するため、両国まで歩いてきた。
111011 南千住から隅田川沿い南下013
展示室内は撮影禁止なので入口を撮影、図録を購入した1000円。
西側通路を出ればそこは両国駅前広場である。

歩数計は、20,233歩だった(いつもどおり自宅発着)。
南千住駅から江戸東京博物館までの所要時間は、約3時間30分。

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南千住から隅田川沿いに両国まで その2/3


2011年10月11日(火) 天気は画像から判断して、曇一時晴のようだ

今回登載のブログは、10年近く前に散策した記録です。

その1/3では、荒川区南千住6にあるスサノオ神社の南千住富士塚几号水準点を再訪したあと南下し、JR貨物の車両基地を陸橋から見た(2021年2月14日登載)。




車両基地を後にして南へ300m行くと泪橋交差点となる。左折し明治通りを東へ向かう。左側が東京ガスの広い敷地となると、すぐその先は白髭橋である。西詰めで左折し隅田川の右岸の都道314号を北へ行く。少し行くと左手に南千住3にある石浜神社が見えてくる。
111011 南千住から隅田川沿い南下004 石濱神社 111011 南千住から隅田川沿い南下004-1
境内地は1mほど高く、石段を上ると石造鳥居。 手前右に社号標石「石濱神社」がある。

111011 南千住から隅田川沿い南下004-1-1 111011 南千住から隅田川沿い南下004-2大工祖神石碑
(左)社殿、参拝。 数人の若い女性が、御朱印を授けてもらっているのか、おみくじを見ているのか分からないが、いつまでもたむろしていた。
(右)手前の参道右に「日本大工祖神 □當所/神眀社内」標石がある、□は「在」字の「土」に替えて、「木」の下に「一」。当社HPには、「麁香神社(あらかじんじゃ)のご祭神は、…いわば、家づくり、ものづくりの神様です。…」と説明があった。
社殿前の右側に富士塚がある。
111011 南千住から隅田川沿い南下004-3 塚正面 111011 南千住から隅田川沿い南下004-3-3
黒ぼくを三角形に積み上げ、頂部にはおむすび状自然石の碑がある。石碑には「直正/天地の☐☐/・・・」(私には読めない)。正面に祭壇があり、左に「富士山遙拜所」標石。右側面「皇の(神)・・・」、左側面「宝曆八歳(1758)/戊寅三月吉辰日」。
111011 南千住から隅田川沿い南下004-3-2同背面 111011 南千住から隅田川沿い南下004-3-1
(左)富士塚の背後。 これだけの量の黒ぼくを富士山から運び込むことには、大変な労力を必要としたことでしょう。  
(右)正面の手前左右に庚申塔が一基ずつある。どちらも刻字の一部が紙垂に隠れ読めない。
左の庚申塔
111011 南千住から隅田川沿い南下004-4-1 左庚申塔 111011 南千住から隅田川沿い南下004-4-1-1 三猿
(左)日月・文字・三猿。刻字は中央に「種子・奉待 處」、右脇「☐申」、左脇「・・・來」。種子はキリーク(阿弥陀如来)らしい。右側「種子・貞享三丙寅暦(1686)」、左側「種子・文月吉祥日」。台石正面には分銅らしい印が見て取れる。
(右)三猿。
右の庚申塔
111011 南千住から隅田川沿い南下004-4-2 111011 南千住から隅田川沿い南下004-4-2-1 三猿
(左)日月・文字・三猿。刻字は中央「種子・奉供養庚申」。右側「・・・暦」、左側「・・・十四日」。日月の月輪は右側にある。
(右)ほっそりした三猿。 激しく風化した庚申塔でも、下部に◇形が3つ並んでいると三猿だと類推できます。
HPによると、庚申塔は富士遥拝所脇に3基あるとのことだが、三つ目は気付かなかった。
拝殿手前左には力石が10数個並び、その背後にも石造物がある。
111011 南千住から隅田川沿い南下004-5 力石群と道標
目についた力石を3個。
111011 南千住から隅田川沿い南下004-5-1 111011 南千住から隅田川沿い南下004-5-2 111011 南千住から隅田川沿い南下004-5-3
(左)切付は、「(右横書き)奉納 五十〆目」、右側「・・・組」、左側「吉田□/友之助」。〆は「貫」の異体字、1貫は約3.75kg。
(中)右隣の力石、切付「力 遊」。
(右)切付は、中央「三拾八貫目余」、右側「㚑岸」、左側「八田☐堀」。「㚑」字は「霊」の異体字。
111011 南千住から隅田川沿い南下004-5-4 道標 111011 南千住から隅田川沿い南下004-6
(左)力石の後列中央あたり、「亀田鵬斎の詩碑」標柱左に大きい道標がある。刻字は、上段「さんや町三丁/よし原町八丁/千住大者(は)し十五丁」。中段に右方向を指す手首が線彫りしてある。下段には「者(は)しはわた☐四丁/真先いなり☐☐」、左右側面にも刻字がある。1丁(町)は約109m。 なお、亀田鵬斎の詩碑は、標柱の右の石碑です。
(右)「日本大工祖神」碑の奥にある麁香神社の石碑。銘文など表面が念入りにハツリ取られている。大方、明治政府の宗教政策の影響だろうと想像します。どの様ないきさつが有ったのだろうかと、気になるところです。荒川区「麁香神社関係資料」標柱の黄銅色プレートによると、石碑は「天保五年(1834)銘の麁香神社建立の碑」とのこと。社殿は「本殿西の中庭内にある」とも記されている。

都道314号を南へ戻る。左先方にスカイツリーが見えた。
111011 南千住から隅田川沿い南下005
白髭橋の西詰めを越えると荒川区から台東区になる。左(東)側の歩道をさらに南へ歩く。150mほど行くと、歩道の中央あたりに石柱の頭が覗いている。道路向かい側が、不動院門柱あたりである。
111011 南千住から隅田川沿い南下006 白髭橋方向 111011 南千住から隅田川沿い南下006-1
111011 南千住から隅田川沿い南下006-2
台東区橋場二丁目路上の几号水準点です。

ひき続き南下すると、右側に世界救世教教祖生誕之地があった。
111011 南千住から隅田川沿い南下007
さらに進んで、左側の浅草病院から50m先に、台東区立今戸社会教育館(今戸住宅)が見えてくる。その敷地手前側にある掲示板前のあたり。
111011 南千住から隅田川沿い南下008 111011 南千住から隅田川沿い南下008-1
歩道に今戸二丁目路上の几号水準点が埋め込まれている。アスファルトの間から辛うじて頭を出しているかの様子です。

桜橋で隅田川東岸の墨田区に出て、さらに南下して両国まで散策を続ける。

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南千住から隅田川沿いに両国まで その1/3


2011年10月11日(火) 天気は画像から判断して、曇一時晴のようだ

今回登載のブログは、10年近く前に散策した記録です。メモを元にあいまいな記憶で補って書いている。

(荒川区)南千住6にあるスサノオ神社の南千住富士塚几号水準点、南千住3にある石浜神社の富士塚など。(台東区)路上の几号水準点2基。(墨田区)向島2にある三囲神社、向島1にある牛島神社などを訪れた。
まだ工事中だったスカイツリーをあちこちで遠望できた。すでに東京東部地域におけるランドマークとなっているようです。



JR上野東京ライン線 南千住駅スタート。
111011 南千住から隅田川沿い南下001南千住駅
西口駅前広場。
すぐ西にあるコツ通りという面白い名の道路の北方600mほどにある素盞雄神社へ行く。なお、南千住コツ通り商店街HPによると、「由来は中世以来の地名「小塚原」を略した説が有力である。」とあった。 日光街道の高架橋下を横断すると眼前が素盞雄神社(スサノオ)である。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-1
細い道路にある主参道の鳥居。正面に南面する拝殿。
ここは、つい1か月程前に訪れているので再訪となる(まだブログ登載してない)。
石造鳥居の扁額は「素盞雄大神」とある。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-1-1 111011 南千住から隅田川沿い南下002-1-2
鳥居左柱に几号水準点(きごうすいじゅんてん)がある。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-1-3
素盞雄神社にある几号水準点。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-2 111011 南千住から隅田川沿い南下002-2-1
一対の狛犬。 正面拝殿に進み、参拝。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-2-3
拝殿と右の本殿。
拝殿手前右側に樹木に覆われた塚がある。前回訪れた際に見過ごした南千住富士塚です。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-3 111011 南千住から隅田川沿い南下002-3-1
南に面して石造鳥居がある。奥左側に自然石「淺間神社」が建つ。この先は竹を横に渡してあり、立入不可だった。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-3-2 111011 南千住から隅田川沿い南下002-3-3
背面。黒ぼくで覆われた塚形はわかるが、草木が茂り全体像ははっきりしない。左画像には手前から左へ登拝道らしいものが見える。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-3-4
自然石石碑。山形に「冨」字の講印、刻字は右側に「通志(し)・・・/・・・」、左側「明治三十二年(1899)/六月」。
111011 南千住から隅田川沿い南下002-4
日光街道に面する、東の脇参道。

コツ通りを南へ戻る。JRと東京メトロの高架下を通り抜けると線路に突き当たってしまう。らせん階段を上って横断する。下はJR貨物の車両基地だった。
111011 南千住から隅田川沿い南下003 西側 111011 南千住から隅田川沿い南下003-1
(左)西方向。高架を走行中の車両は、メトロ日比谷線。
(右)東方向の広大な車両基地。保線員さんが保守作業中でした。

このあと東へ向かってから、隅田川に沿って下流方向へ散策する。

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(所沢市)東町にある庚申堂再訪 その2/2


2020年12月8日(火)晴後曇 都心の最高気温が、17.2℃とこの時期としては暖かかった

その1/2では、航空記念公園を南へ横断して西新井路傍の馬頭観音、御幸町路傍の庚申塔を訪れた(2021年1月20日登載)。




東川の北側道から西方向に、旭橋が見える。
201208 所沢市東町の庚申堂 005 201208 所沢市東町の庚申堂 005-3 東川下流の東方向
(左)旭橋、右が南詰め。欄干は連続アーチになっている。 橋桁は東川に斜めに架けられており、短いとはいえ設計・施工には困難さがあったと思う。
(右)橋上から下流方向。
201208 所沢市東町の庚申堂 005-1 201208 所沢市東町の庚申堂 005-2
親柱。
南詰め西側には、文化庁の銅製板「登録有形文化財」と所沢市説明板がある。説明板には、「・・・昭和5年3月に現在の橋が完成しました。鉄筋コンクリート造りの単純桁橋です。両側の親柱には赤御影石が使用され、西洋風な彫刻が施されています。・・・」などとある。

橋を渡り南側へ行く。左斜め前の細い道路を南下する。100mほど先の十字路で右折して20m行った左側が、東町にある庚申堂である。
201208 所沢市東町の庚申堂 006 201208 所沢市東町の庚申堂 006-1 参考
(左)中央左に見える建物が庚申青面金剛堂。
(右)参考。前回2013年4月に訪れた時は、境内には樹木が茂り薄暗かった。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-0 201208 所沢市東町の庚申堂 006-0-1
正面に真新しい堂がある。近寄ってよく見ると、古い堂に木造の覆屋を掛け礼拝部も設けたようです。扁額「(右横書き)庚申青面金剛」が掛かる。青い鉄扉の格子の間から覗いたが祭神は不明です。説明書には「青面金剛明王(庚申様)・セイメンコンゴーミョオー」とあるようだ。 一般的には「しょうめんこんごう」と称されていると思うが、こちらでは異なる呼び習わしをしているようです。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-1-1 201208 所沢市東町の庚申堂 006-1-2
参道右側に石仏が4基ならんでいる。左3基が笠付型の庚申塔です。
左端の庚申塔
201208 所沢市東町の庚申堂 006-2 左1
日月・六手青面金剛・邪鬼・三猿。刻字は右側面「奉供養庚申之塔 願主/・・・」、左側面「旹寚永七庚寅年(1710)霜月吉☐覚」。「寚」字は「寶」の異体字のようだ。やや風化している。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-2-1 201208 所沢市東町の庚申堂 006-2-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)邪鬼と三猿。
左から2基目の庚申塔
201208 所沢市東町の庚申堂 006-3 左2 201208 所沢市東町の庚申堂 006-3-1
(左)笠の宝珠は後補のようだ。笠の後ろが欠けて、全体に風化している。右側面には上部に瑞雲と月輪、刻字が「武州・・・/野老☐村」。左側面の上部は瑞雲と日輪、刻字が「寛文三天癸(1663)/☐☐/卯ノ十月吉日」。
(右)中央にが三面六手青面金剛と邪鬼、両脇には二童子。上半身が見えているのは四薬叉(やしゃ)のうちの上二薬叉。邪鬼は身体を右へ向けている。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-3-2 201208 所沢市東町の庚申堂 006-3-3
(左)中段の四薬叉。    
(右)下段、左に雄鶏、右に御幣を持つ猿。
なお、この庚申塔の像容と青面金剛の経儀との関連は、2013年4月18日登載ブログで触れている。
左から3基目の庚申塔
201208 所沢市東町の庚申堂 006-4 左3
日月・六手青面金剛・三猿・二鶏。比較的状態は良い。刻字は右側面「元禄十一戊寅(1698)年」、左側面「八月十九日」。日・月は、右に月輪。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-4-1 201208 所沢市東町の庚申堂 006-4-2
(左)青面金剛の上半身。
(右)三猿と二鶏。
左から4基目。
201208 所沢市東町の庚申堂 006-5 左4
中央刻字「奉造立六十六部供羪塔」、右側「元文五庚申年(1740) 願主野老澤村」、左側「十一月吉日 次右衛門」。「野老」は、トコロです。 
所沢市の市章は、ヤマノイモ科の野老の葉を図案化したそうです。
野老朝雄さんは、東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムをデザインしました。今年は開催できると良いんですけれども、新型コロナは手強いからな・・・。

西武線所沢駅西口には、プロぺ通り商店街を通って10分足らずで着く。

歩数計は9,934歩、所要時間は約3時間だった(うち認知検査時間1時間50分)。

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(所沢市)東町にある庚申堂再訪 その1/2


2020年12月8日(火)晴後曇 都心の最高気温が、17.2℃とこの時期としては暖かかった

新型コロナウイルス第3波とのことだが、運転免許証更新に先立つ認知機能検査の通知があり、指定された所沢警察署まで出かけた。 
今回の散策は2013年4月18日に登載したコースとほぼ重複する。



西武新宿線航空公園駅。
201208 所沢市東町の庚申堂 001 201208 所沢市東町の庚申堂 001-1
(左)東口広場。西方向の駅上空に白い半月があった。帰宅後カレンダーを見ると、今日は旧暦10月24日(下弦の月の翌日)だった。  
(右)植栽に紛れていたスズメ。 鳴き声で気づいた。
201208 所沢市東町の庚申堂 001-2 201208 所沢市東町の庚申堂 001-2-1クロガネモチ
街路樹のクロガネモチの赤い実。

並木通りを東へ行く。この通りの左右は官公庁が建ち並び、さながらミニ霞が関である。
受検者は15人ほど。イラストは、パターンBだった。結果は総合点90点で「心配ありません」だが、予習をした割には点数が低かったのでガッカリした。これは、本人の意識よりも実際は老化しているという、厳たる証拠でしょうか?30分ほど待つと「認知機能検査結果通知書」が交付された。後日、高齢者講習(さいたま市の教習所になった)を受講した後、ようやく更新手続きへと進める。

所沢警察署前交差点で右折し航空公園にはいる。
201208 所沢市東町の庚申堂 002
右側にかまぼこ状の所沢航空発祥記念館を見て南下する。正面の放送塔を過ぎると花壇の左右が広い遊歩道となっている。時節柄、草花は寂しい。花木も目に付くのは、赤紫色のサザンカぐらいだった。公園を横断すると国道463号にでる。ケヤキ並木を右(西)へ行くと西新井町交差点となるので左折する。すぐ右側に斜めに向かう細い道路があるので入る。

201208 所沢市東町の庚申堂 003 201208 所沢市東町の庚申堂 003-1 参考
(左)30m程先の左側に覆屋がある。西新井路傍の馬頭観音である。
(右)参考。2013年4月撮影。当時は木材の表面が真新しかったが、7年間風雨にさらされて古びた。
201208 所沢市東町の庚申堂 003-2-1
自然石に中央刻字「馬頭觀世音」、右側「天保十三歳(1842)」、左側「四月十五日」。一部刻字に朱色が残る。背面「入間郡下新井村/鈴木・・・/建之」。生花が供えられていた。

前面の旧道らしい道路を南へ行くと西武新宿線線路に行き当たるので左へ行く。すぐに東川の北側道にでるので右折、高架下を通り西へ20m行くと右へ入る道がある。その角に庚申塔がある。
201208 所沢市東町の庚申堂 004
御幸町路傍の庚申塔。 画像奥から来た。
201208 所沢市東町の庚申堂 004-1 201208 所沢市東町の庚申堂 004-1-1
(左)笠付型庚申塔。日月・六手青面金剛・三猿。激しく風化している。これにも、生花が供えてあった。
(右)青面金剛の上半身。
201208 所沢市東町の庚申堂 004-1-2 201208 所沢市東町の庚申堂 004-1-3
(左)三猿。
(右)右側面。左右側面は1cmほどの厚さで剥落している。正面の像もいずれ剥がれ落ちてしまいそうだ。

すぐ西の旭橋を見てから、南方向にある東町の庚申堂へ向かう。

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プロフィール

柴二郎(男)

Author:柴二郎(男)
酒はダメです。
たまに、散歩します。
読む人もいないと思うので、思いついたままの独断を書いています。
投稿は適当にするけど、当分は過去の散策記録が主です。
武蔵国はここでは、東京都・埼玉県とその周辺の範囲です。

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